(夢の溶け出した世界で) * 夢の溶け出した世界へ


「しーばーたー、早くしないと置いていっちゃうよ。」
「あー、今行きますから。ちょっと待っててください」
もう少し、そう言いつつも彼女はその場を離れようとはしない。
寧ろその犯行現場となった硬く冷たい地面の上にぴたりと仰向けに貼り付いて天井を見つめ更に深く自身の世界へと沈んでゆく。

「しばたあ?寝てんじゃねえかよ。」
バシッ、と何とも気持ちのよい音がこの四角い空間にこだまする。
「痛い。」
半ば恍惚とした表情からするといつのまにか自身の世界から夢の世界へと旅立っていたようだ。
「もう帰るよ。とっくに定時過ぎてんじゃねえかよ。」

窓のないまさに箱というに相応しいこのライブハウスにはどうやら時間を忘れさせる力があるようだ。
入ってきたときにはまだ数名のスタッフが残っていた筈だが今日は休館日ということもあってか帰る時には声を掛けて下さいと言ったあの小太りの男以外にはもう誰も残ってはいない様だった。

昨夜も明け方まで調書を読み耽り寝ていない所為か頭がぼんやりとしていた。
どうしても解けない被害者同士の接点。
彼女が倒れていたその場所に調書の記述通りに重なってみる。
どうやらそこでそうやって考えを巡らせている途中に気を失ってしまったようだ。
彼が言うには寝ていたらしいが。

「どうしてなんだろう。」


夢の溶け出した世界にぐにゃり吸い込まれてゆくような、そんな感じ。


何処までが真実で何処からが造られたものなんだろう。

いつもならそう時間は掛からない筈なのに今回ばかりは勝手が違うようだ。
まだそう時間は経っていないのにはっきりと誰かが頭の中で叫んでいる。
「あのー。」

「何?犯人わかっちゃったの?やだよ今からなんて。定時過ぎてるじゃん、ね?それよりカツ食いに行こ、カツ。勿論お前のおごりで。」
必死に抵抗を試みようとする真山であるが次の柴田の一言に思わず口にしていた煙草の煙に咽てしまった。

「いいえ。もう帰りましょう遅いですし。夕ご飯おごります。カツですよね」
「・・・・なあ、お前どーしちゃったの。あ、なんか悪いもんでも食ったか。賞味期限切れのパンとか。その4次元カバンに入ってるもんだったら・・」
「違います。早く行きましょう。まい泉がいいですか。いいですよね私のおごりですから。係長の出血大サービスですよ。」
真山の言葉を遮り勢いよく喋り続ける彼女はさっさと出口のドアへと向かっていた。
「あ、さっきの人に言ってかなきゃ。柴田、しーばーた。」
後ろから呼びかける彼の声も届かないのか彼女は喋り続けながらネオンが輝く夜の世界へ足早に飛び出していた。










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夢の溶け出した世界へ * 2004/1/30    Return * Next